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男と女と

 春めいてきたと思ったら今日は雪。三寒四温と言いますが、どうも極端ですね。それでも今年度末は比較的のんびり過ごせているので、ちょっと余裕があります。

 さて、ごくの世界からドラマの中の人のグループへと興味が広がり、彼らのドラマを次々と見ました。一通り見終わった所で同じ事務所の先輩達にも興味を抱いて、学校へ行ったりミッションをこなしたりする人や、村に住んでいる人にも興味が広がってしまいました。

 で、先日ドラマ「同 窓 会」を一気に見たんです。1993年制作と言う事で、流行や世情がだいぶ違っているのが面白かったです。で、この後はネタバレを含む感想、と言うかなんだかよくわからない自分語りになっております。

 ご興味のあります方のみ、どうぞ・・・



 まずドラマの感想ですが「愛の物語」だと言う脚本家の言葉その通りで、かなりえぐい題材を真正面から撮っていて迫力のある出来でした。今の女向けBL風味のゲイものと違って、男性誇示をし男らしさを何よりの誇りとする主人公達に感心しました。登場する女性達も25歳で肩叩きされたとか、27歳は行き遅れとか、時代を感じます。昔風の女らしさってこんな感じだと思いました。

 さて、ここから少し自分語り。

 私は少々ではありますが性自認にブレがあって色々と悩んできました。まあ、おばさんになった今ではおじさんと大差ないのでそう気にはならないのですがねw

 小さい頃、私はよく男の子に間違われていました。初対面の大人にはまず女の子と思ってもらったことはありません。スカートをはいていても「男の子だと思った」と言われるんですから爆笑です。野球が好きで銀玉でっぽうやコマ回し、木登りと男の子の遊びばかり好きでした。小学校の四年生くらいまで、私は男女には差などなく、ただ出っ張ったものが付いてるかどうか位で本質的な違いはないのだと思っていました。この頃の自分の性自認はほとんど本気で「中性」だと思ってました。

 それが一変したのは、思春期を迎える頃の事です。私の意思や好みなど、一切無視して身体が女になっていくのです。取っ組み合いでも鬼ごっこでも負ける事のなかった男の子達は強く逞しくなっていき、反対に私の身体は柔らかく圧迫されると痛む胸のふくらみと、毎月の様に血を流す痛みとを背負うことになったのです。悪い事に、体内のホルモンの影響を受けても、頭の中までは女にならなかったと見えて、中学高校時代は女の子の友達が中々出来ませんでした。集団になるとよくわかるものですが、男女には色々と違いがあります。まず、男は中長期的視野を持つことは出来るが目の前の細事を大切にしない。反対に女は、すぐ目の前の事と超長期的な事柄に対しては非常に細かく考えることが出来るが、中長期的に物事を俯瞰して見ることができない、などです。また、男は力を基準にした群れを作りますが、女は同じ属性を持つもの同士のグループを作ります。優劣がつく話ではなく、生まれつきの性差なのだと思います。なので、私は男女どちらのグループにも入れず孤立していましたね。

 いくら男女平等が叫ばれても、生物的に男と同じになれる訳ではありません。自分がいくら足掻いても、否応無しに女と言う性を受け入れなければならない、社会的にも女にならなければいけないと言うのは、当時の私にとって非常に苦しい事でした。この頃は、クリスマスケーキなんてまだ言われていましたし(25過ぎると売れない)、工学系大学に進学したいなんて言う女は学年で数人しかいませんでしたから、学校でも家でも先生達にすら進学を反対されて、随分と悲しい思いをしました(ガラスのハートなんですよw)。また、女としての自然の欲求が出てきていたのですが、やはり男と同じようになりたい、との意思は消えず「男と同じだけ仕事ができる」ように理工系大学へと進みました。

 まあ何とか大学に進学し、科学教育を受けていくにつれて、私は段々と男性的な性格になっていきました。元々素質があったのでしょう。大学での授業は楽しく、ほとんど回り中男ばかりの環境で、やっと自分が違和感を感じない場所を見つけた、と思いました。数少ない大学の女子クラスメートはほとんどが私と同類でしたので、それも助けになりました。また、男性的な性格のままでも好きになってくれた人が出来たのも大きな出来事で、このあたりから私は段々と落ち着いてきました。あ、ちなみに今の夫の事です。

 私には子供が一人います。男しかいない職場の中で男と同じ土俵で仕事をしていくうちに、今度は精神的にも男になってしまって、自分のアイデンティティが揺らぎ始めたのです。妊娠出産と言う行為は、女以外には絶対に出来ない事です。私は子供を産む事によって、自分が女である事、子育てしやすいような機能を持つ身体をしていると言う事を自分で再確認したかったのだと思います。

 もし、私が思春期を迎える前に、今のようなジェンダーフリー教育を受けていたとしたら、こんなにも苦しむ事はなかったと思います。しかし、昔風の男女別教育を受けていなかったとしたら、私は結婚相手を見つける事も子供を授かる事もなく、男でも女でもない中途半端な存在として、自分のアイデンティティを失っていた事でしょう。Xジェンダーになっていたかもしれません。男と同じだけ働くことは出来ますが、男の様にお嫁さんを貰って子供を産んでもらったりは出来ません。自分が出産して公的補助や夫の助けで子育てと仕事の両立が出来るとしても、妻に家を守ってもらっている男の方が、気兼ねなく仕事に打ち込む事が可能であり、能力が同じならば総合的な生産性は絶対に女は男に勝てないのです。

 私は自分の道を模索し続け、どこにも正解も手本もない中で試行錯誤を続けてきました。結果は、自分の能力や努力の限界もあって、家庭も育児も仕事も、ほぼ60点位と非常に中途半端な事になっております。もう少しましな人生を選ぶ分かれ道が幾つもあったのに、こっちを選んだのは自分なのでとても悩ましいです。それでもまあ、自分とは付き合っていかなければならないので、何とか低空飛行中です。

 今、学校でも社会でも、男女平等が絶対善の様に言われて教育内容もそれに沿ったものになってきています。男女の差を出来るだけ強調しない様な風潮がもてはやされておりますが、「男らしさ」「女らしさ」と言う型に嵌めないで育てる事は、性自認の確立をかえって邪魔するのではないでしょうか。性自認のずれやセクシャリティのずれで苦しんでいる方々がいつの時代でも一定数いらっしゃると言うのはまぎれもない事実です。が、それですら男らしさ女らしさの概念と対立するからこそ自己の確立が出来ているのであって、男女の境界を曖昧にする事でこれらの人を救う事は出来ないと思うのです。と同時に、生物的な身体と心に剥離がない大勢の人々から性差による社会的役割と言うアイデンティティを奪うものでもあると思うのです。結婚や性愛に興味を持つ若者が減っていると聞きます。こう言う教育の影響も一部ではあるんじゃないかなぁと、思っております。

 実は上記ドラマのラストで主人公の恋人が死んでしまうのですが、それが居たたまれなくてちょっと語りたかったのです。吐き出せて少し楽になりました。m(_._)m

 長々とお付き合いありがとうございました。
 
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